その昔、前郷村の御嶽神社の「なんばん獅子」と呼ばれる獅子が、巡業で田代村の御嶽神社の下を通りかかった時、田代の獅子がなんばん獅子に戦いを挑みました。天空で噛みつ噛まれつの大激闘を続けた末、田代の獅子が身に着けていた幕によって思うように身動きできず、勢いあまって傍らの柿の大木に幕をひっかけてしまいました。
なんばん獅子はここで攻め立て、ついに田代の獅子を柿の木の下の麦畑に倒し、田代の獅子は力尽きて無念の最後を遂げました。
田代の村人となんばん獅子の一行は、激しい戦いの末に最期を遂げた田代の獅子の無念を思い、鎮守の森の梺に手厚く葬り獅子塚を築いて弔ったのでした。
それから幾年も、なんばん獅子がこの地に舞い来るたびに無念やるかたなく霊魂のやすまらない地下の獅子の魂は、地鳴鳴動を繰り返していました。
そしてある時、たまたまこの地に巡錫(じゅんしゃく:僧が各地をまわって教えを広めること)してきた有名なお坊さんが、村人からこの話を聞き不思議な因縁の巡り合せを読経に託して地下の獅子に供養を捧げ、突いてきた杖を獅子塚の上に立て、「今後このような地鳴鳴動もなく、立てた銀杏の杖も根が付き繁茂するであろう」と言って立ち去ったのです。
かくして獅子塚の上に立てられた銀杏の杖は、逆さのまま根が張り次第に繁茂して、逆さの根が次第に太くなり、天空に伸びるように見事に成長したのです。この獅子たちの激闘があってからというもの、田代では柿の木と麦は植えられないといわれ、今でも田代地区内に柿の木は1本もありません。過去に柿の木を植えた村人もいましたが、十分に育たずに枯れてしまったということです。
また、逆さ銀杏の落葉は一夜にして散るといわれ、村人の誰一人としてこの落葉の様を見た人はなく、見た人には災いがあるといわれており、さらに、毎年この葉が落ちないうちは決して雪が降らないともいわれています。